12月初旬の研究会でいけた作品。皆様初めまして。このたび、新たに運営委員に加わらせていただきました、石塚です。どうぞよろしくお願いいたします。
今回は、私の自己紹介も兼ねて、私のいけばなとの出会いについて書かせていただきたいと思います。

私のいけばな歴は通算で5年弱、いけばな界ではまだまだ初心者です。こんな私ですが、はじめていけばなと出会ったのは、おそらく小学校3年生か4年生の頃、つまり20年以上も前になります。
当時、小学校で初めて所属したクラブ活動が、いけばなクラブでした。クラブの顧問の先生がいけばなを教えてくださっていて、剣山とお花鋏を使って、一人一人、自由にお花を生けていました。当時、そのクラブ活動で自分が一体どんな作品を作ったのか、今はもう一切覚えていません。しかし一つだけ、今でもはっきり覚えているエピソードがあります。
ある時、私は何か一輪の、とても可愛らしいお花を生けようとして、その花材の茎に鋏を入れました。しかしその切ったお花を剣山に挿そうとした時、誤って短く切りすぎてしまったことに気付きました。私はその時、せっかくの美しい一輪のお花を自ら台無しにしてしまったことにとても悲しくなり、先生に、「短く切りすぎて使えなくなってしまった」とそのお花を見せました。すると先生は、「そんなことないよ」と笑って、その短いお花を花器の一番手前に、すっと挿しました。するとそのお花は実に生き生きと、堂々と、その作品の主役として輝いたのです。まるでその場所に位置するために、その長さを選択したように。これは自分にとってとても大きな衝撃でした。そしてこの衝撃にもっと出会いたい、と強く感じたのでした。
しかし当時の私は、転校と同時にいけばなクラブを辞めることとなり、同時にいけばなの世界からも離れました。それでもこの時味わった衝撃を忘れることはなく、この衝撃を追い求めて、20年以上が経過した今、様々な方々のご縁を通じ、私はまたいけばなの世界に戻ってきています。このあたりの紆余曲折は、次回書かせていただこうと思います。

月日がどれだけ経過しようとも、変わらず私を迎えてくれるいけばなの世界。小学生の自分が受けた衝撃は、未だ色褪せることはありません。

なお写真は、12月初旬の研究会で活けた作品。花材は水仙。記事とあまり関連はありませんが、今の自分が表れているような気がするので、載せてみました。